洞爺で過ごした半年間



 長かったようで早かった半年間。

 洞爺での日々を振り返ります。










どうも、hina8maです。



前回でいよいよ旅の中断!という所まで更新作業を終える事が出来ましたね〜。
その時がちょうど11月頃の話だったのでそこから今に至るまでがちょうど半年ほど。
越冬と言うにはかなり長い期間になりましたが色々と失うものも得るものもあり、とても濃い半年間となったように思います。



ちょうど最終出勤となったのが昨日の話で今現在、絶賛二日酔い中での更新です笑
まあいつも通り写真を見ながら思った事をつらつらと書いてみようかなーって感じです。



ギュッと濃縮!



…したつもりでもたぶんかなりながーい記事になると思いますが、旅中断から旅再開への流れをこの記事である程度把握出来るようまとめるつもりですので、今まで応援し続けてくれる方も、「お前誰だっけ?」って忘れちゃってる方も是非是非ご覧下さいませ〜。


それではいきましょう!
 




支笏洞爺国立公園 洞爺湖



ここは昨年のちょうど8月頃、とりあえず一回北海道から出てねぶた祭りに参加したものの「あ、やべー金がない… 」状態になって苦肉の策で一旦、帯広へ戻ろうとしている最中に立ち寄ったのが始まりでしたね。



ここで洞爺湖の温泉街にあるホテルで働いている方、このブログでも何度も紹介しているこじさんと出会ったのがここまでぶっ飛んだ北海道移住計画へと発展した一番の要因だなーと思います。まあ資金不足に陥る事がなければ、今頃旅を終えて兵庫か大阪辺りで普通に就職してたかも知れないんだよなー。





遊覧船からの眺め



こんな感じで洞爺湖の湖畔沿いにズラっとホテルや旅館が立ち並んどります。

最初はとりあえず北海道での越冬バイトと言えば、普通にスキー場とか想像してました。
利尻島で昆布バイトしてる時に、リゾバの会社に登録して民宿で働いていた子達の事を思い出して、とりあえず派遣会社へ登録を済まし、いくつか候補から応募してみたんですよ…。



最初はキロロ、ほんで次はニセコだったかな。
どうせ越冬するなら楽しみたいし、スノボが出来るスキー場でいっかーって感じで何度も応募してみたんだけどねー。



担当「すいません…もう埋まっちゃって。」


hina8ma 「お、おう」



そんな感じのやりとりを二、三回繰り返して、とりあえず働ければなんでもいいやーって条件つけずに色々と紹介してもらう運びに。どっちにしろスキー場だとシーズン終わりまで働いてもちょっと寒過ぎるし、お金貯めて別の目標もあったしね。



そこで候補に上がったのが平取町のとある旅館と、洞爺湖温泉街のとあるホテル。
飲食経験は過去に何度もあったし、田舎の宿泊施設でのんびり働くのも良さそうだなーと思ってその二つからどっちにするか少しの間考えました。



派遣の担当である阿部ちゃんから色々と話を聞いてみると、平取町のほうは食事一部金額負担しないといけないけど美味しいって評判だし、人もすごく優しくて、寮は一戸建ての家をみんなでシェアしてるとの事。時給は確か850円だったかな。



飯がうまいのは素晴らしい。そしてなにより面白そうな環境だなーと思いました。難点といえばマジで何もないから、買い物一つも従業員の人の車で行ってるって話だったので行動はすごく制限されそうだな。そんな感じでした。でもその分人との距離が近いので、馴染めればすごくいいんじゃないですかー?と阿部ちゃんの癒し系ボイスでコロっとこっちに決めそうになってましたね笑



それに反して洞爺湖のほうはというと、食事は無料だけどその分時給が安い(時給800円)残業もそこそこあるし、なにより規模がデカいとこだったので人の入れ替わりは激しいとの事。うーん、ぶっちゃけそこまで応募条件だけ聞くとそこまで魅力を感じなかったのが本音でした。なんかここがいい!って阿部ちゃんが推してくるとこなかったんだよなー。



…とまああれこれ話を聞いて考えてみたけど、結局の所行ってみないと分からないし、行った先でいい事も嫌な事もあるだろうし、何を大事にしたいかもう一度よく考えてみる事に。



で、どうせ働いてみたい場所でないなら、出来るだけひなやま達とすぐ会える環境にしたかったし、ブログをやる身としてはネット環境があるかどうかも大事だったので、定期的にこじさん宅へ帰れる洞爺湖のホテルへ最終的には決めました。



そして年が明けて1月5日。いよいよ初めての出勤の日。
やっぱり新しい環境に身を投じる訳なので不安ありましたが、期待もいっぱい。
ドキドキしながら館内案内を受けて、いざ寮へ。





うーん、この刑務所っぽさはなんなんだろう。笑



いや、まじで贅沢言うつもりはなかったんだけど予想よりちょっとアレでした笑
沖縄の越冬組に画像見せると「いや、割といいじゃん」的な反応ばっかりだったので、こじさん宅で温い感覚になってしまったのかと、ちょっと気を引き締めた次第です。



いざ働き出してみると、仕事自体は難しいもんじゃないし、色々と親身に仕事も教えてくれるし、悪くないなと思ったんですが、まず派遣社員自体がすげー少なかったんですよね。
社員になる予定の長い人1人と、そこそこ長いけどよく私情で休む人と、なんかすげー嫌われてる人と俺の4人しかいなかったんですよね。



まあそれでも頑張るしかないかーって自分なりに一生懸命やってたんですけど、慣れない革靴を履いたせいで、すげー足裏が痛くなって最終的に4日目には立ってるのすら苦痛なレベルになってしまい、敢えなく1週間ほど一時離脱を余儀なくされました。



まだ仕事もちゃんと覚えていない時期だったので、全然馴染めてなかったし、


「いやいや、自転車で日本一周してるやつが脚痛いっていきなり休むの?」


的な空気をすごく感じましたねー。僕も当事者でなければたぶんそう思うし、こればっかりは仕方ないですよね。この時期は派遣社員に対する評価ってあまり高くない時期だったので、余計そういう空気を感じたのかも知れないかな。



診断結果は「足底筋膜炎」という足裏の故障でした。



庇って歩いていたせいでアキレス腱の炎症も起きてたので、診断結果は全治2週間。
なんか革靴履いて働く人は結構なるみたいですねー。とりあえずAmazonで専用のソールを注文して、傷みが引くのを待って、1週間後に会社へ連絡。



「戻ってきたければ戻っておいで」



当時、課長だった方からそう言ってもらい、申し訳ないなーと思いつつ復帰。
正直、入社当初はすごくここの職場の空気感って異質だなーと思ってました。
この時は、仕事や環境への不満ばかり聞こえる職場のように感じていてすごく悪い印象ばかりこの時は目についてました。



ここでやっていけんのかなー、なんて思いながら更衣室に戻ると…



なんかいました。





きりもっちゃん



たぶん俺の一週間遅れで入ってきたのかな。
チャラそうな兄ちゃんだなーってのが第一印象でしたね〜。
まあその後、しばらくはチャラい兄ちゃんってイメージが浸透しちゃってイジられまくって本人だいぶイラついてましたけど笑



でも、ここで辞めなかったのが本当に良かったと思います。



こいつと退職に至るまでずーっと一緒に行動を共にする事となります。
年も俺と10歳ぐらい違うし、全然価値観も違うけど、不思議と馬が合いました。



ずーっと一人でなんかここおかしくね?って働いてたけど、こいつも同じような違和感を感じてたみたいで色々語るうちに、どんな悪い環境でも、たった一人理解者でも出来ればやっていけるんだなってすごく感じましたねー。



僕が当時やってた仕事は、お客さんが使う皿だの御盆、おしぼり箸にスプーンだのフォークだの、ひたすら補充する仕事と、営業終了後の撤収作業。で、それは二人ペアでやることになるんだけど、こいつが相棒となった訳ですね。



そして2月末、待望の後輩の入社。




なゆ


僕と同じく関西圏から色々あってやってきたこの子。
いや、ほんと色々過ぎてなかなかいい経験してんなーと結構気にかけてました。
最終的に俺をしきりに罵ってくれる素晴らしい子に成長しました。おじさん嬉しい。
札幌行く時休み取れたらまた会おうな。





はなみ


最終的に一番俺への扱いが雑になった、とても可愛いやつです笑
出会った当初の合い言葉は「オトココワクナイヨ。」
いつか世界を旅をしたいって口にしていたけど、幸せの形は色々あるんやからなー。
また辞めた後、道内か、愛知か?まあどっかで会おうな。



ほんでこの頃からだったかな。

俺ときりもっちゃんで少しずつここの環境を良くしたいって口にするようになったのは。
派遣に対する見方を変えたかったから、この後入った後輩もみんな可愛いと思ってるけど、やっぱりこの二人は特別に可愛がってましたねー。



本当にこの頃は仕事楽しかったんすよね。徐々に社員さんも打ち解けて話出来る人いっぱい増えてきたし、やっていけそうだなって実感がありました。



たまの休みでは出来るだけ希望休で連休取って色んなとこにも行きました。
越冬の期間を長めに考えていた一つの理由だった、念願のフルサイズ機も買ってね。






小樽の夜景



札幌雪祭り



洞爺のイルミネーション





大滝の氷筍


今世話になってるこじさんが出来るだけ色んなとこへ、連れていってやろうとしてくれてとても気分転換になったし、旅へのモチベーションもおかげで保ち続ける事が出来た。

本当に3月に入るまでは充実してたなー。






やまととのお別れ



この記事で詳しく書いてますけど、兵庫から共に北海道へやってきた愛猫のうちの一匹であるやまとが3月に入ってすぐ、白血病を発症し、闘病生活へ。この頃は本当きつかった。
一緒に働いてた子らからも「顔がやつれてる」って何度も何度も言われましたねー。



なんか環境がよくなってきてから、僕はよく笑ってたんですよ。


仕事は楽しくやりたいし、周りの気にかけてるやつらはみんな笑顔でいて欲しいと思っていたので、いっつもニコニコしてる人のイメージが強かったんじゃないかって相方に言われたんですよね。まあ子供なんでしょうね僕は。単純なんです。



この仕事、この時期は朝は6:30〜10:30、夜はだいたい16:00〜22:00ぐらいまでの勤務シフトになっていて、間は中抜けと呼ばれる休憩になってます。正直中抜けは寝ないとやってられない訳です。が、この時期は可能な限りこじさん宅へ帰っていたので肉体的にもめっちゃしんどかったですねー。



それでも余命残り僅かと知っていたので、最後まで看取れるように、こじさんは自分の寝る間も削って、昼夜問わず俺が望めばいつだって迎えにきてくれました。職場の人達からも少しずつ信頼してもらえたのか、「本当に危なかったらいつでも帰りなよ」って言ってくれました。



それでも最後は看取る事が出来ませんでした。
亡くなる日、どうしてもお互い中抜け時間の関係でこじさんが迎えに来るのが難しい日で、社員さんがわざわざ送ってくれた日でもあるんですよね。僕の私情にも関わらず、本当にたくさんの人が協力してくれて、心配をかけてしまいました。



その夜亡くなったと仕事中にこじさんから連絡来た時はなんとも言えんかったっすね。
電話口でこじさん号泣してるしさ。人の猫の事なのにおいおい泣いてんのよ。それだけ家族のようにやまとを思ってくれてたのになんだかすごく嬉しかったですけど。



少しの間抜けさせてもらって更衣室やら、ゴミ捨て場やらで見られないように泣いてたつもりですけど、まあ泣きはらした顔してたし、事情も説明したから何人かの人から帰れ帰れコールな訳ですよ。これは後から考えるとすごい嬉しかったですけど、意地でも帰らないって説得して、最後まで自分の最低限やるべき仕事はやって帰りましたねー。



白状なやつだと思いますが、今でもこの時の判断は間違ってないと個人的には思う。



ほんでそこから4月に入ってからは、やまとがいなくなった影響も大きいと思うけど僕自身人間関係うまくいかない時期でしてねー。せっかく築いた人間関係も少しずつおかしくなっていって本当に苦痛でした。4月がまたGWも絡んで本当に忙しくて大変な時期でしたね。



なんの為に洞爺に来たんだー?って毎日ずーっと考えてました。
やまと死んじゃって、人間関係ぶっ壊れて、ここよくして行きたいって気持ちもドンドン萎えていってこのままじゃいい旅出来ないなーって。正直、旅辞めるって言い出すかどうか自分でもよく分からんかったです。



この時期に僕を支えてくれたのが写真なのかなと思います。



もう雪も溶けてきた頃だったので自転車を寮へ移動し、洞爺湖一周したり。





壮瞥の滝



洞爺湖に沈む夕陽











洞爺で見た動物達



すぐ近場で自分が出来る事を少しずつやろうって思いました。
自分には写真があるじゃないか。そう言ってくれた人がいましてね。
別に上手くもないし、すごくもないし、高いカメラ振り回してるだけなんですが。



それでもいい写真を撮りたいって意志はずっとあって、それが僕の旅してきて見えて来た目標であり、新たに旅立ちの為に今やるべきだと思いました。







松前の桜


江差のかもめ島



洞爺ではまだ春って感じじゃなかったので、こじさんがまた遠出に連れていってくれました。いつも「ついでだから」とか言うてますけど、そうじゃないよね。
写真いっぱい撮れるようにすごいこの時期気遣ってくれたよね。





そして5月に入る頃



当初7月末まで働く予定でしたが、副支配人に5月末での退職を願い出ました。
意外だったのはすごく穏やかな顔で、そのまま聞き入れてくれた事でしたねー。
全然引き止められるとも、引き止めて欲しいとも思わなかったんですが、なんとなく理解してくれてるように僕は感じました。



退職の理由ですが、一番はここでこれ以上働く意味が見出せなくなったんですよね。
こうやって写真を撮って、旅への想いが募ってきて、ここで俺は何やってんだろうなーっていう気持ちが強くなってきたんですよね。約束の期日迄働かないとか、本来あり得ないんですが、この時は自分の感情を最優先にしちゃいました。






で、大変なのがこの子な訳ですよ。笑



「細川さん(hina8ma)がいないならいる意味ない」



ってマジでこいつ5月中に辞めやがったんですよねー。
それぐらい高く買ってくれた事はすげー嬉しかったけど、なんか俺が辞めるせいでこいつまで辞める的な空気になるし、まあ実際そうだったから申し訳なくて。
でも普通に俺の話聞いたら「まあそうっすよねー笑」って。



ほんとこういうとこが最高なんだわ。






ふたりでふざけあって



ふたりで真剣なものに夢中になって



ふたりで夜遅くまで何度も語り合いました。



夢叶うとええな。



こいつとこんな関係になれたのだけで洞爺へ来た意味があると言ってもいいぐらい。
また札幌で会おうな。



ここらでお世話になった人の紹介挟んどきましょか。




篠木おにいやん







この人もコッテコテの関西人なんすよねー。笑
すごい落ち着いてて、「どうでもええわー」とかよう言っといて、すげーアツかったりするただのおっさんです。やっぱりおっさん世代はアツいもんやでな。
俺の事「そんな好きじゃないし」とかいうツンデレでもあります。


 

新しいの買ったからってくれてんこの時計。
まじツンデレやでおっさん。おおきに。

 

中島



いや、中島さんって人の紹介じゃないですよ?
これ洞爺湖の真ん中になんか浮いてる島の名前ね。
ここに俺ときりちゃんとツンデレのおっさんで行ってきました。



おめでとうございます。







天気悪かったけど楽しかったなぁ。

おにいやん仲ようしてくれてありがとな。
また辞めた後、道内か、愛知か?まあどっかで会おうな。(※つまりそういう事です)




宮澤ミッシェルさん


見た目ただのヤ◯ザですが、某有名大学出身の秀才さんでございます。
僕が辞めるまでの目標の一つであった安心して任せられる後任の人として、ご指導させて頂いた後輩さんですね。まあ別会場に持ってかれて夢に終わりましたが笑
物腰が柔らかく、とても尊敬出来る人です。また神奈川か九州辺りで会いたいっす。




左:ヌマタク 右:みう


この子らも可愛い可愛い後輩でございます。

ヌマタクはねー、新しいレストランオープンして絡み少なかったんが残念やなぁ。
なんというか人当たりはいいけど、色ろんな人とぶつかったり泣かしとったなぁ笑
でも君の事めっちゃ高く評価しとったし、 不器用なりにええとこ伸ばしてね。


みうは絡みは結構あったけど、なかなか深く話すのギリギリになったよね。
あの土産に手紙はアカンて。危うく泣いてまうとこやで。この子もめっちゃアツいね。
また語ろうぜ、ガチで。いやガチで。




左:だいちち 真ん中:西岡ちゃん 右:NIKEくん



だいちちも夢があってアツい男やったねー。この間の語りはめっちゃ楽しかったで。
頑固なお前のマイスタイル貫いていったらええんちゃう。俺は俺のおせっかいは辞めへんし、また札幌で語ろうな!powpow!



西岡ちゃんはねー。ホントねー。世話焼けたよねー。もうねー。大変!
充実してるうちはなーんも思い出さんでいいから、なんかおかしいなーと思ったら俺がずーっと言い続けた事思い出すんやでー。あとの事は任せたで。



NIKEくんはね〜、唯一の新入社員という社畜感満載で非常に大変そうだけど頑張ってるよねー。もっと色んな人と関わって色んな考え方吸収して、もっと自分の事理解してくれる人達が増えるといいね!





潤さん



この人が唯一派遣から社員さんにステップアップした方ですね。もうねーほんとねー最初はねー、めっちゃやり方が気に食わなかった笑 でもそれもぜーんぶ本人に直接話ししたし、そんで今はめっちゃ仲良し!また帰って来たら飲みましょね。





龍ちゃん



顔ヤバくね?。笑
差し替えの仕事をやり出して調理場に顔出すようになって仲良くなったよねー。
ホッソーホッソー言うてめちゃめちゃ好きな癖に、「好きなんでしょ?」って聞いたら「いや」って真顔でいうやり取りめっちゃ好き。リチャード無事出産してね。


 

内尾さん



さきほど紹介した龍ちゃんの親父さんでございます。よく見たら似てるよね。
この二人がいつも調理場にいると楽しくて楽しくしょうがなかったなー。
「こんなに用もないのに調理場に出入りするやつ初めてだ」って言われたのも二人の人柄の良さもあったりすると思うのよね。ゴミ捨て場の猫達これからも頼んますね。





たむりん



ほぼ顔面隠れてますが、たむりんです。
色々と感情がコントロール難しい時期だし、そういう状況だったと思うけど最後はいい感じでまとまってよかったよねー。俺は直接関係のない事だったけど、やっぱり嬉しいもんだよ。これからも仲良くね。





かねちゃん



なんかよく定期的に飴ちゃんくれるおばあちゃん笑
関西人は飴ちゃんくれる人に弱いんすよねー!昔兵庫に住んでたみたいで、なぜか人を認識するのにどこ出身かで覚えるおもしろい人でした。悪い女には気をつけますね笑





エミコちゃん?ミエコちゃん?(どっちだっけ…)



この人はねー、年に一回ある某有名な議員さん?かなんかを迎え入れる日があるんだけど、 まだ会社に馴染めなかった頃で、「あんた一服しといで?(ニカッ)」
それ依頼ほとんど絡んでないけどねー、もう大好き。僕が一番最初に恩を感じた人。
たぶんエミコちゃんだ。




三浦さん



この人はホールの責任者的な人です。僕が入社した頃はなんかすげー怖そうだなーって勝手に思ってたんですけど、ホールあんまり入らなくて覚えが悪い自分にいつも優しく教えてくれて感謝してます。ちなみにこの写真は「お金ちょーだい」と言ってます笑





清水主任



この人は差し替えに入っていっぱいお世話になりました。そして退職が決まってからガッツリ語りました。 自分の考え方や仕事ぶりをもしかしたら一番評価してくれてた人かも知れません。サラダ一人で〜ってのは主任に認めて欲しかったんですよね。
顔面を撮影出来なかったのが心残りでなりません笑





左:長谷川係長 右:米坂副支配人



係長は実はほとんど絡みなかったんですよね。ギリギリまで。
でも主任とガッツリ語った事がなんとなーく耳に入ったみたいで、新体制になってから少しずつ絡みが増えてきました。最終出勤のあとの呑みめちゃくちゃ楽しかったっす。
また飲んで下さいね。



副支配人のね、「また戻っておいで」がぶっちゃけ一時期つらかったっす。
自分勝手に辞めるのに、自分の意志を尊重してくれて、自分の今迄の仕事への姿勢を評価してくれて、 最後胸張って辞めれたのは副支配人からの評価があったからだと思っています。本当にありがとうございました。



こうやって出会えたのは”人”ばかりではなかったんですよね。






咲(さく)



こじさんの家で新しく迎えられた家族です。
実はうちの会社のゴミ捨て場に猫住み着いてるんですけど、そこのすぐそばにあるドブに落ちてしまって危うく死んでしまう所だったんですよね。それを篠木にいやんとかきりもっちゃんが教えてくれて、俺が保護してからの〜こじさん親になる的な感じ。


こうしてあの職場で働いていた事にも何か意味があるのかなと感じさせてもらえたきっかけの一つにもなりました。
















天気によって様々な表情を見せる洞爺湖と羊蹄山は見てて飽きなかったな。





町灯りで気付きにくいけど星空も綺麗だった。



去年さんざんだったロングラン花火も最高の一枚が取れたと思う。




自転車のメンテも終わった。旅はもうすぐそこです。
 

最後は仕事の話で締めましょう。



一番長い派遣さんだった人が社員になって実質一番長いの僕になってたんですよね。
僕は入って来る派遣さんの世話焼いてたかったし、今迄通りの仕事してたんですけど、きりもっちゃんが食材の差し替えになって、あいつすげー当時は嫌がってたんですよ笑



それ見ててなんか申し訳ねーなーと思って俺もこの仕事やる事にしたんですが、今思えばこれがすごくいい選択でした。うちのレストランはバイキングなので基本お客さんが使ったものを補充していくのがメインなんですけど、すげーこの仕事やりがいありました。



サラダとかデザートとか、ホットだとか和食だとか色々部門があるんですけど、各部門に一人か二人配置されて、フリーで全体を見て差し替える人がいるんですけど、なんかその人らの手借りずに一人で全部回せるとすげー楽しいんですよね。



最後だし楽しくやろうって気持ちはあったけど、どこか仕事に対するモチベーションは低下してた部分はやっぱりあったのかなと思ったので、最後にこうやって向上心を持って仕事と向き合える場を設けてくれたこの職場と人達に感謝してます。





最後の夜のレストラン



僕はあまりお客さんと直接関わる仕事じゃなかったので、この営業終了後の風景が僕にとっては自分の働いた職場だーって感じがします。僕が入った当初やっていた仕事がこの営業終了後の椅子を綺麗に並べ替える仕事。これが終わって一日の仕事が終わり。



食材の差し替えに入ってからは、別の仕事やってたんですけど、
気遣ってくれたのか、最後の日は一番始めに教えて頂いたこの仕事で締めくくりました。



先に基準となるテーブルを直す人がいて、その後を着いて行くように椅子を直します。
なのでテーブル直しをする社員さんが時間内に終わっていなければ、残りは社員さんに引き継ぎをして、 普段は「派遣さんは終わり!」の一言で帰るんですけど。



なんとなくこの日だけは、他の派遣さんは先に帰らせて、自分の仕事をやり切るつもりで最後までいました。最近はお客さんも数も落ち着いて、派遣さん、社員さん関係なく同じ時間帯で仕事上がれる日もありました。僕はいつだって自分のやりたいよう自分の満足のいくようやってるだけですが、その姿を見た人達にこれからの職場の雰囲気作りで、何か感じてもらえるものがあると嬉しいです。



これからも社員さんと派遣さんと手を取り合っていい職場になるといいですね。
いつか自分が旅を終えて、顔を出した時また働きたいな、もしくは僕が入る余地がなんてどこにもねーじゃねーかってところになっていると嬉しいですね。




そして本日、5ヶ月近くお世話になった寮とお別れ。



今こうしてこじさん宅で更新している訳ですね。
てか、やっぱり短くまとめる事なんて出来なかったですね笑
まあたった一日の記事ですらあんな長いんだもん、これだけ色々あった日々を書くのに短くなる訳がないっていうね。まあお時間ある時にでもどうぞご覧下さいませ。



ここでの仕事と人達と自分なりに真剣に向き合ってきた自分としてはこんな感じのまとめ方にしかなりませんでした。たぶん読者さんに向けてというより、自分の気持ちの整理と、この会社の人達へ向けての記事になったのかなと思います。


ここで紹介し切れなかった人達もたくさんいますが、本当にこの会社で出会えた皆様には感謝しています。



色々ありましたが、ここ洞爺へやってきて良かったです。
これにて洞爺湖での越冬終了!って感じですかね。



そして肝心の旅立ちの日ですが…










2015年6月1日再出発致します。
 



準備に追われてもう時間がねえ!
相変わらず無計画なクソ野郎ですが、旅再開したらまた宜しく頼んます笑




それではまた!



<最後にお願い>

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